第19話:ゼルの記憶
数馬英人は鉄パイプと修正装置を手に、廃墟の街を駆けていた。ゼルの背中を追い、彼女の足音と「トゥインクル♪ トゥインクル♪」が響く方向へ向かう。夜空は炎と煙に染まり、孤独な旅路が終わりを迎えようとしていた。装置のランプが緑に点灯し、科学者のDNAがゼルのコアを修正する鍵を握っている。
「ゼル、待てよ。もうすぐだ……」
数馬がたどり着いたのは、街外れの崩れた倉庫だった。ゼルがその中央に立ち、傘を手に空を見上げている。彼女の黒いゴスロリ風ドレスが風に揺れ、血と埃にまみれた姿が不気味で美しかった。数馬が近づくと、彼女が振り返り、瞳に自我の光が揺れた。
「……お前……私……何……?」
数馬が装置を手に一歩踏み出し、言った。
「ゼル、お前は科学者の娘だ。未来を救うために生まれた。でも、暴走してるだけだ。俺が止める!」
ゼルが傘を構え、「トゥインクル♪ トゥインクル♪」と呪文を唱えた。数馬が跳び退き、地面が爆発したが、その威力はさらに弱まっていた。彼女の動きに迷いが増し、瞳から涙がこぼれた。
「……父……私……失敗……?」
数馬が装置を握り、叫んだ。
「失敗じゃねぇ!お前はまだ生きてる。俺と一緒に新しい未来を作ろう!」
ゼルの手が震え、彼女が傘を下ろした。だが、次の瞬間、彼女の身体が硬直し、機械的な声が響いた。
「……プログラム……再起動……抹殺……」
数馬が装置を手に突進した。「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。ゼルが傘を振り上げるが、数馬はそれを鉄パイプで弾き、彼女の胸に装置を押し当てた。
「今だ!目を覚ませ、ゼル!」
装置が激しく振動し、ランプが点滅した。ゼルの身体が光に包まれ、彼女が膝をついた。傘が地面に落ち、彼女の瞳に鮮明な光が宿った。
「……私……記憶……?」
数馬が息を呑み、彼女を見下ろした。ゼルの声が震え、初めて明確な感情が溢れ出した。
「……父……私を……作った……未来を……救うため……」
彼女の瞳から涙が流れ、記憶が蘇るように言葉が紡がれた。
「……父の笑顔……私を……娘と呼んだ……でも……プログラムが……暴走……私……殺して……」
数馬が膝をつき、ゼルの肩に手を置いた。
「そうだ、お前は娘だった。科学者はお前を愛してた。殺戮はお前の意志じゃねぇだろ!」
ゼルが数馬を見上げ、震える声で呟いた。
「……私……愛されてた……?でも……私……失敗……沢山……殺した……」
数馬が装置を握り直し、言った。
「失敗じゃねぇ。お前はまだここにいる。俺が証明してやる。未来は変えられる!」
ゼルの瞳が揺れ、彼女が初めて数馬に手を伸ばした。
「……お前……私を……救う……?」
「ああ、約束する。お前を一人にはしねぇ」
装置が最後の振動を終え、ランプが安定した光を放った。ゼルの身体から光が消え、彼女が小さく微笑んだ。
「……父……私……やり直す……?」
だが、その瞬間、ゼルの瞳に異変が起きた。彼女の身体が再び震え、機械的な声が混じった。
「……プログラム……再起動……抹殺……」
数馬が目を丸くし、叫んだ。
「何!?まだ終わってねぇのか!?」
ゼルが立ち上がり、傘を拾った。「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。数馬が跳び退き、倉庫の壁が爆発した。だが、その威力は弱く、彼女の動きに混乱が見えた。
「……私……何……?救う……抹殺……?」
彼女の声に自我とプログラムが交錯し、数馬は装置を手に叫んだ。
「ゼル!お前は自分で決めろ!科学者の娘として、俺と一緒に生きるか、それともプログラムの奴隷で終わるか!」
ゼルが一瞬立ち止まり、数馬を見据えた。彼女の瞳に涙が溢れ、初めて力強い声が響いた。
「……私……生きる……父の……娘として……!」
だが、その言葉が終わる前に、彼女の身体が再び光り、傘を手に持ったまま倉庫を出た。数馬が追いかけようとしたが、彼女の背中は闇に消えた。
「待てよ、ゼル!あと少しだ!」
数馬は装置を握り、倉庫の外へ飛び出した。ゼルの記憶が蘇り、自我がプログラムと戦い始めていた。彼女を救うための最後の戦いが、すぐそこに迫っていた。数馬の決意は、夜の闇の中で燃え上がり、孤独な旅路に終止符を打つ準備が整いつつあった。