1.学校

遠くから雷が聞こえる。時おり稲光が迸り長く暗い廊下を瞬間的に照らす。
漆喰の壁には幾つもの木造の扉が並び廊下の先は暗くて見えない。
ゴシック調に装飾されたお洒落な窓の外は暗く今にも雨が降り出しそうだった。
扉の取手に手をかけるとゴロゴロとレールの上を走り開いた。
机が整然と並ぶ教室には誰もいない。特に使われた形跡もなく、まるで新品のような輝きを放っていたせいか妙な違和感があった。

シュクレンは黒板に白チョークで書かれた文字を見る。

「日直…水無加奈…」

「ねぇ、君転校生?」
不意に後ろから声がしたので驚き振り向くとそこには屈託のない笑顔の少女がいた。
突然教室の照明が点き少女の姿がはっきりと見えた。
髪は黒く三つ編みにしており、背丈はそれほど高くない。赤い縁の眼鏡がとても似合っていた。
ブレザーを身にまとっており学校の生徒だとわかった。

「あたし、水無加奈!あなたは?」
「私は…シュクレン…」
ボソリと答える。

「変わった名前ね!外国から来たの?目も蒼いしまるで翡翠のようだね!髪も銀髪ね!珍しいね!ハーフってやつ?帰国子女ってやつかな?ねぇ、髪触っていい?」
加奈はシュクレンの髪を触り手触りを確認すると匂いを嗅ぐ。
「いい匂い…いいシャンプー使っているのね!まるで絹のよう…艶もいいね。トリートメントもきちんとしてるのね!今度何使ってるか教えて!それで一緒に買いに行くの付き合ってくれる?あたし結構髪が傷んでるでしょ?それで少し悩んでいるのよねぇ」
加奈はシュクレンの周りをクルクル回って見る。
「あなたの服変わってるわね!まるで振袖みたいね?和服みたいだけど少し違うわね。有名デザイナーとかの服なの?今流行ってるのかな?とてもいい生地だわ!もしかしてオーダーメイド?凄いわ!すごくシュクレンに似合ってるわ。なんか異国の人って感じがして素敵だわぁ」
加奈は何周もして矢継ぎ早に褒めてくる。

「他の人は…?」
校舎や校庭にも人影は見えなかった。静寂が校内を包み、二人の声だけが長い廊下に反響していた。

「ん?ああ…他の生徒はいないのよ。あなたとあたしだけ。学校を貸切ね!」
加奈はチョークを手にすると黒板の日直の欄にシュクレンの名を書く。
「え…?」

「だって夏休みだもの!次の学期から来るんでしょ?噂で聞いていたわ。可愛らしい転校生がやってくるって。あたしはすっっっごく楽しみにしていたんだから!この日を指折り数えていたわ!会えてすごく嬉しい!」
「…あなたは…どうしてここにいるの?夏休みなのに…」
「あたしは補習!頭悪いからさ!ここお嬢様学校で進学校じゃない?うかうかしてると置いていかれちゃうのよね!そうだ!せっかくだから学校案内しようか?すっごく大きくて迷子になっちゃうんだから!」
加奈はシュクレンの両手を握る。その手は温かく柔らかいが、何か嫌な感じがした。

「…うん」
シュクレンが頷くと加奈は満面の笑顔で何度も頷き学校を案内してもらう事にした。
窓の外にはカラスが一羽飛んでいた。

「ねぇ!シュクレンは前どんな学校にいたの?なんで転校してきたの?親の仕事の関係?それとも芸能関係?わかるわぁ、芸能活動禁止の学校あるもんね!でもこの学校は大丈夫よ!ねぇ、好きな芸能人とかいるの?歌は歌えるの?学校は好き?」
加奈は歩きながら何度も見ながら笑顔で訊く。
「ん…わからない」
シュクレンはふと何かを忘れているような気持ちになった。それはなんなのかわからない。ただ漠然とモヤモヤしたものが胸の中で渦巻いていた。