コップを傾けると冷たい感覚が喉を過ぎてコクのある甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。
それは初めてなのにとても懐かしいような不思議な味がした。
「…美味しい」
「だろ~!ばあちゃんの作るカルピスは最高なんだ!」
お婆さんは皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして満面の笑みを浮かべ何度も頷く。
「シュクレンの家はどこ?この近くなの?」
「家…?わからない…」
シュクレンは首を横に振るとコップをテーブルに置く。
「え、もしかして迷子?家出?それとも…記憶喪失!?」
亮太は興味深そうに身を乗り出して訊いてくる。
「…ううん、違うの…。わからないの…どこから…来たのか…どこへ…行くのか…」
「それ記憶喪失だよ!頭とかぶつけたの!?」
「んじゃあ、今夜泊まる所無いんけ?」
お婆さんの問いにシュクレンはうなずいた。
「ねぇ、ばあちゃん!シュクレン泊めてあげてよ!」
「う~ん、んだげっと親が心配すっぺおん…。今だって必死になって探してるんでないがな…?」
お婆さんは困惑しながら亮太とシュクレンを交互に見る。
「だってこのまま帰したらさ~…また迷子になってしまうだろうし、日が暮れてくるから危険だし…」
亮太はシュクレンを見る。艶やかな銀髪が扇風機の微風に靡いていた。白く透き通るような肌を食い入るように見つめると亮太の顔がみるみる赤くなった。
一瞬、シュクレンの蒼い瞳が亮太に向けられるとすぐに目を逸らした。
「んじゃあ、泊まる所無いんだければ泊まっていがいん。あとは駐在所さ行って調べて貰えばいいんだ。迷子ならきっと親御さんも心配してっぺがらぁ」
お婆さんの言葉に亮太の顔がほころび小さくガッツポーズをとった。
こうしてシュクレンは亮太の家に泊めてもらえる事になった。
空を見るとトンビがカラスに追いかけられている。シュクレンはそれを目で追っていた。
夜になり、外はすっかり暗くなりシュクレンは湯の中に身を沈めていた。
「…温かい…」
格子が付けられた窓から外を見ると遥か遠くに点々と家の灯りが見えた。
その灯りを見てると今まで感じたことが無いな気持ちが胸の中に広がっていく。
あの灯りの下には人が生活しているのだ。泣いたり笑ったりしているのだろう。
そう思うと妙に胸がザワザワし不思議な気がしたのだ。
夕食時には亮太は大はしゃぎでいろんな話をする。食卓に並べられた料理は筑前煮、キュウリや大根の漬け物、焼き魚に味噌汁と白いご飯。どれもお婆さんの手作りで美味しく愛情が込められているのがわかった。
「明日はシュクレンを秘密基地に連れて行くよ!」
「…ヒミツキチ?」
「うん!おれの友達が集まる場所なんだ!大人には秘密なんだぜ!だから秘密基地!シュクレンは特別に招待してあげるよ!」
「これ!亮太!口さ物入れながら喋ったら駄目だぁ!行儀悪いべ!」
賑やかな夜だった。
シュクレンは不思議な気持ちになって亮太とお婆さんのやり取りを眺めていた。
「…カゾク…トモダチ…」
亮太とお婆さんの笑顔を見ると自分だけが異質であり、その笑いの中に入れない疎外感で胸がチクチクと痛みムズ痒さを感じた。