実家の蔵には先祖代々伝わる古い箱がある。
それは厳重に鉄の鎖で封印されており、ガラスケースの中に収められ触れることは出来なかった。箱の表面には何らかの彫刻が施されており高級なものであったと想像できた。
子供の頃、父に箱の中身は何か?と聞いたことがある。
父は口篭りながらも
『箱の中身は何もないんだ、箱そのものに価値があるからね』と言った。
子供の俺はそれで興味が薄れてしまい箱の存在すら忘れていた。
あれから20数年の時が流れ息子を連れて帰省した時、父の遺品整理をしていた際に蔵の奥に眠る箱を見つけた。
それは以前と同じようにガラスケースの中に保管されており鉄の鎖は錆びて素手でも切れそうだった。
あの時の俺と同じように息子は尋ねる。
「ねぇ、箱の中身はなんなの?」
その時俺は何となく箱の中身に興味があったことを思い出していた。なんとなくロマンなどという洒落っ気なようなものを感じていた。
だがそれと同時に父も祖父も曾祖父も決して開けることはなかったはずなのに箱の中身は何もなかったと言ってたのが気になっていた。
鎖の腐食具合から見て触れた形跡は見られない。
もしかして、開けてはいけない何かがあったのではないだろうか?と思い始めていた。俺から箱の中身の興味を削ぐことで勝手に開けることを恐れていたのではないかと。でなければこの箱が鎖で封印されガラスケースに保管されているはずがない。
きっと父も祖父も曾祖父も俺と同じことを言われて箱の中身を知ることなく亡くなったのだ。
そして俺も息子に同じように
「箱の中身は何も無いんだ。箱そのものに価値があるからね」と言った。
息子は「なーんだ」と言うと蔵から出ていった。俺は箱を改めて見ると気味悪さを感じていた。表面に施された彫刻も禍々しく思えた。
再び作業に戻り棚を整理していると物音がして近付いていくと箱が入っていたガラスケースが床に置かれていた。
俺は頭の先からつま先まで冷たい何かが走るのを感じて視線を上に上げると息子が箱を閉じていた。
「お、おい!!何してるっ!?」
突然の怒号に息子は驚き肩をビクつかせる。
箱にかけられていた鉄の鎖は完全に切れており赤い鉄粉が周りに散らばっていた。
「お前·····箱の中身を見たのかっ!?」
あまりの形相に息子は驚いたのが目を泳がせて顔をひきつらせている。
「み、見たよ·····」
「な、なんてことを·····」
震える手で息子の肩を掴む。微かに震えているのが感じ取れた。
「それで中身は!?」
「え?」
「中身だよ!箱の中身はなんだった!?」
「何も·····入ってなかったよ」
「何も?」
「うん」
箱の中身は何も入ってなかった。そうか、父が言ったように箱そのものに価値があるものだったんだ。
俺は落胆と安堵感から膝から崩れて息子の顔を見た。今にも泣き出しそうだったが、頭を撫でると笑みを浮かべた。
「そうか、何も入ってなかったんだ·····」
立ち上がり箱の中身を見ると確かに何も入っていなかった。底にはうっすらと埃が溜まっていた。それは箱の蓋が劣化したことによる粉のようだ。
それを指で拭うと何か文字が書いてある。
「ん?何か書いてあるな」
今度は大きく指で拭うと古い文字だが今日の日付の後に『開封』と書かれていた。