どこかで何かが動く音がする。部屋全体が軋み歪むような重苦しい空気に胸が苦しくなる。
その音は徐々に激しく鮮明になり、微睡みの浮遊感から引き戻された。
目を開けると暗い天井が見える。汗をかき服が肌に冷たく張り付いていた。
「…気持ち悪い」
ベッドを降りる。窓際に近付き外を見ると月明かりが夜の街を照らしていた。1つも灯りはなく静寂に包まれ耳鳴りがする。
そして、「ギャアアアァァァァッ!!」と突然断末魔の叫びが家全体に響いた。
突然の悲鳴にシュクレンは驚き、心臓が激しく脈打ち不安な気持ちが胸に広がる。まるで心臓が口から出てくるのではないかと思うほどの吐き気をもよおす。
それは男か女かわからないほどの裂帛の叫びだったのだ。
扉を静かに開けて廊下をそっと見る。
リビングにうっすらと明かりが点いていた。中で照明が揺れているようで壁に映された光が激しく上下に伸びては縮んだりしていた。あれから物音一つせずに再びキーンという耳鳴りが支配する。
「…カイト?」
足音を忍ばせ廊下を歩いていく。
ギシギシという軋む音がやたらに大きく響く。
それだけ家の中は静寂そのもので空気が張り詰めていた。
「…カイト…いるの?」
リビングにはカイトがしゃがみこんでおり、その前にはアリッサが倒れていた。
そして、壁はアリッサのものと思われる血液が飛び散り真っ赤に染まっていた。鼻に強烈な鉄の匂いがまとわりついてくる。
「う、ひぐ…おがぁざぁぁん!」
先程まで黙って俯いていたカイトが泣きだしアリッサの体を揺する。
アリッサは大きく目を見開き喉には大きな穴が開いていて、そこから空気がヒューヒューと音を立てて抜けていた。
アリッサは何か言おうとして口を動かすが喉の切れ目から空気と一緒に血が吹き漏れるだけだった。
血飛沫は天井にまで達していて滴になり床に音を立てて落ちている。
先程の悲鳴はカイトのものだったのだろう。
「カ…カイト…?」
シュクレンはカイトの震えてる肩に手をかけた。
「何で…何で!!お母さんが!!何でだよぉーっ!!あああああああああっっっっ!!」
カイトは振り向く事なく半狂乱になって叫び頭を掻きむしった。
「誰が…こんな事を……?」
その傷はもはや手の施しようがなくどうすることも出来なかった。
アリッサの震える手がカイトの頬に触れ、そして糸が切れたように力なく床に落ちた。
その目は光を失い、天井をぼんやりと見つめていた。
「…アリッサ!」
シュクレンはすぐにアリッサの手を取り脈を確認する。既に停止しており、息もしていなかった。握った手がみるみる冷たくなっていく。
シュクレンは奥歯を噛み締めると玄関に走り鍵を確認する。南京錠はきちんと締められていた。それから窓を確認するが開いてたり、ガラスが割られている所はなかった。
「…誰もいない?」
なんとなく家の中が外と同じように空気が重く感じた。すぐにカイトの所へ戻るとナイフを持ったまま呆然と立ち尽くしていた。
ボソボソと何かを呟いている。
「…カイト!大丈夫…?」
シュクレンは自分の声が震えていることに気が付いた。
「死神…なんだ…死神の…せいなんだ…死神が…お母さんを…殺したんだ…」
何度も何度も呟き頭を不安定にゆらゆらと揺らしていた。
「カイト!しっかりして!」
シュクレンはカイトの肩を揺らし我に返そうとするが視線は天井を見つめたまま失意の中にいた。