19.羆

「おい!大丈夫か!?生きてるか!?」
武三は軽くシュクレンの頬を叩く。
「あ…武三…?」
シュクレンが声を発すると武三は安心したようにため息をついた。
「ふぅ、無事だったか」
「あ…雪崩…」
周囲を見渡すと雪原がどこまでも続いていた。
「村落まで流れ落ちて来たんだ。村落はこの下だ。全部飲み込まれた。全滅だ」
「ヒグマは?」
「さぁな、一緒に雪崩に巻き込まれてどこに埋まってるかわからん。俺は運良く木に掴まり助かったんだ。ちょうどお前がいた所にカラスがいてな。その下が何やら光っていたから掘り起こしてみたらお前がいたというわけだ」
「クロウ!クロウはどこ!?」
シュクレンの予想外の大きな声に驚き目を大きく見開いた。
「クロウ?カラスの事か?近付いたらいつの間にか消えていた」
「…そう」
ふと懐を見るとデューンの魂が淡い光を放っていた。
「デューンが…護ってくれた?」
「その光だ!それは…なんだ?」
武三はデューンの魂を凝視している。
「これは…」
シュクレンが口ごもっていると武三の体が突然何かに持ち上げられた。
「ぶはぁぁぁっ!?」
武三は激しく吐血する。その腹部からは羆の爪が見えていた。雪の中から羆が姿を現す。
「うぉあぁぁぁぁっ!!!!」
武三は無造作に振り回され、羆の前足によって胴体が引きちぎられた。武三の血を浴びたシュクレンの前に下半身が落ちてくる。
「武三ーっ!!!」
「うあぁぁぁ…」
武三の上半身は前足に引っかかったままだった。
「武三ーっ!!いやぁーっ!!」
瞬く間に武三の顔から血の気が引いていく。既にその表情は死人のものであった。
シュクレンは逃げようとするが腰が抜けたように動かない。
羆は埋まったままの下半身を引き出そうと暴れている。その度に武三の体が雪へと叩きつけられていた。
武三の体には銃がタスキで引っ掛けられている。だが、それを取るのは困難だった。
羆が唸り声を上げて体を揺すると少しずつ雪から這い上がってくる。
「デューン!お願い!あなたの力を私に!」
シュクレンがデューンの魂を手で握ると足に力が戻る。
「今!」
すぐに跳躍し武三の銃を取ろうとするが寸前で武三の体が再び上に持ち上げられた。
「うぅ…」

羆の体が遂に雪の中から完全に這い出でる。そして、身を起こすとシュクレンに覆い被さるように目の前に立ち上がった。
「あぁ…もう…ダメ…」
シュクレンは全てを悟り目を瞑った。夢の中でも最後に笑うことができてよかったと思った。

その時、瀕死の武三が銃を構えた。
「うぉ…お、俺と一緒に…地獄に堕ちろぉぉぉぉ!!!!このクソ野郎!!」
武三が放った弾丸は羆の脳天に直撃し背骨を粉砕し背中に貫通した。
羆はゆっくりと後ろに傾き仰向けに倒れた。
傷口から煙のように水蒸気が立ち上っている。その体はピクリと動かず横たわっていた。
シュクレンはすぐに武三の元へ走り、その体を抱き起こす。
「武三!!」
武三はシュクレンの顔を見ると
「奴は死んだか?」と訊いた。
シュクレンが頷くと微笑み、目を瞑った。

「武三……」
その冷たくなっていく体を抱きしめてシュクレンは泣いた。すると光の粒が上がり、その体が少しずつ小さくなっていく。そして小さなガラス玉のような魂だけが残っていた。
「不浄セカイが…終わる?」
武三の魂を手に取り袋へと詰めた。