18.羆

「このくたばり損ないがァっ!!」
武三は銃に弾を込めて素早く構えた。しかし、その手は震えている。
「くそ!こんな時にアル中とはな!!ちくしょう!!」
羆は食いかけの男の体を無造作に放り投げ、凄まじい勢いで迫ってくる。
「ちくしょう!!」
その時、シュクレンが武三の手に自分の手を添えた。
「…武三…大丈夫…」
一瞬、武三は驚いた顔をするとすぐに羆を睨みつけた。手の震えは抑えられ、引き金に当てられた指に力が込められた。
「くたばれーっ!!」
銃が放たれ、その弾丸は羆の肩を掠めた。
「ちぃ!外した!!もう一発!!」
弾丸を取り出し銃に込めようとするが手が震えて雪の中へ落とした。
「くそ!」
羆の前足の攻撃を寸前で躱した。二人は違う方向に倒れた。
「武三!」
「早く逃げろっ!!」
雪煙が舞い上がりお互いの姿は確認出来ない。羆が再び立ち上がると大量の血が雪の上に飛び散った。
腹の底まで響くような咆吼を上げると前足を地面に叩きつける。凄まじい振動と共に雪崩が起きた。
「ごあぁぁぁっ!?」
武三が雪崩に巻き込まれるのが見えた。そして、シュクレンも雪の波に飲まれ上も下もわからなくなり流された。

目の前が真っ暗になり、意識はどこか遠い所に向かった。

「大丈夫?」
聞いたことの無い声に驚き目を開けると見たことが無い女の子がいた。
「誰?」
シュクレンがそう尋ねると女の子は笑った。
「おいおい、友達の顔を見て誰?っておかしいの!」
「友…達?」
「一緒に登下校して好きな男子の名前を言い合ったり、カラオケに行ったりしてる友達の顔を忘れるなんて酷いな××は!」
最後の方は聞き取れなかった。それは自分の名前なのだろうか?とシュクレンは考えた。
「どうせ寝ぼけてたんでしょ?いつも眠そうだもんね××は…」
「ああ、そうかもしれない…あれ?」
シュクレンはそう言いつつおかしな事に気が付いた。
笑っていた。自分が笑っているのだ。
「私、笑ってる。笑えてる!」
そう言うと女の子は一瞬キョトンとすると同じように笑った。
「急に何を言い出すのかと思えば!ねぇ!一緒にカラオケ行こう!それから甘いケーキを沢山食べて、たくさんいろんな話をするの!!」
女の子はシュクレンの手を引く。
「うん!そうだね!」
笑えてる事が嬉しくなって一緒に駆け出そうとする時にカラスの声が聞こえた。ふと振り向くと1羽のカラスがそこにいた。
「どこに行くんだ?お前は死神だろうが?俺様と一緒に来るんだ!」
「うひょー!カラスが喋った!」
女の子は指差して笑ってる。
「え…死…神?私が?」
記憶が曖昧になっていく。何か大事な事を忘れているような感覚に襲われる。思い出そうとしても思い出せない歯痒い気持ち…。
「あなたは?」
「俺様の名は…」

「クロウ!!」
シュクレンは自分の口でその名を叫んだ。目の前は暗く体は強く何かに圧迫されていた。とても苦しかった。
自分がどういう体勢でいるのか全然わからない。
「く、苦しい…」
体が全く動かず、口の前に出来た空間で僅かに息が出来ていた。
「…デューンの魂が…?」
デューンの魂は淡く光り、温かい熱を発してシュクレンの周りの雪を解かしていた。それで空間が作られ呼吸が出来ていたのだ。
「…ここから脱出しないと…」
シュクレンは手足に力を入れるが強く圧迫されているのか動かない。
すると突然何かに体が引っ張られ圧迫感から解放された。目の前には武三の姿があった。