8.羆

羆の圧倒的な存在にクロウは驚愕した。
「何を食ったらこんなにでかくなるんだ!?」
羆の咆哮か、或いは山嶺から吹き荒れる風の音なのか腹の底まで響くような轟音が全身を震わせた。
羆の前足が地面に降ろされると振動で地面が大きく揺れ雪の煙が白く舞い上がった。

「…クロウ、どうすれば?」
「立ったままだったら急所の眉間までは攻撃は届かなかったな!体格、体力、攻撃力、耐久力、全てにおいて俺達が対等に戦える相手じゃない。奴の攻撃を上手く躱し、一瞬の隙をついて必殺の一撃を加えるしかない!この寒さだ、長期戦は圧倒的に不利だ!」
「…うん、わかった」
「奴の強さは生への執着だ。その強い想いを断ち切ってしまえ!!」
クロウの冷静な指示にシュクレンは覚悟が据わった。足元の雪が爆発したように噴き上がるとシュクレンの体は吹き荒れる雪よりも速く加速した。
羆の周りを回り雪を叩き煙幕を張る。
「シュクレン!上手いぞ!翻弄しつつ奴の左側へ回れ!」
クロウの指示通りに視界を奪った左側へ回り、跳躍すると勢いに乗せて大鎌を振る。
羆はシュクレンの姿を捉えきれていない。刃先が振動し死者の叫びのように禍々しい風切り音を発生させる。
その時、羆が咄嗟に頭を捻り大鎌を牙で受け止めた。
「な、なんだと!?」
「…!?」
羆は大鎌に咬みついたまま頭を激しく振る。シュクレンは宙吊りになり振り回される。
「うう…ああぁぁぁ!」
「シュクレン!俺様を離せ!このままじゃお前までやられちまう!!俺様は大丈夫だ!!」
「うぅ…クロウ!」
シュクレンの手が大鎌から離れて勢いよく振り落とされる。空中で回転しながら雪の中へと突っ込んでいった。その姿は雪に深く埋もれ見えなくなった。
「ふぅ!雪が幸いしたぜ!あとは俺様の脱出っと!」
羆の意識が放り出されたシュクレンに向き、咬みついていた顎の力が緩む。
クロウはすぐに大鎌の変化を解き、カラスへと戻ると脱出しシュクレンの姿を探す。
「シュクレン!どこだ!?」
「うぅ…クロウ…」
シュクレンは雪の中で上も下もわからずにもがいていた。散々振り回された影響なのか肩や腰に激痛が走る。
衣服にまとわりついた重い雪をかき分けると突然顔に冷たい雪が叩きつけられた。外が見える。
闇夜の中でクロウの姿を探す。
「クロウ…どこ?」
「シュクレン!どこだ!?」
声がする方を見る。クロウの姿を確認した。
「クロウ!ここ!」
シュクレンは体を出そうとするが、足元の雪が崩れてなかなか抜け出せない。
「シュクレン!無事だったか!?今すぐそっちに行く!!待ってろ!!」
クロウがシュクレンの方に向かった瞬間、羆は二足で立ち上がり一瞬にして飛んでいたクロウを飲み込んだ。
「あ…」
その瞬間、立ち上がっていた3本の毛束が寝て服の黒い紋様が無くなり死神装束が解けた。
「あぁ…クロウ!クロウ!」
何度も名前を叫ぶが応答がなかった。