4.羆

シュクレンがその惨状の現場から離れ、人気の無い場所に移動すると空を飛んでいたカラスが降りてきた。
死神カラスのクロウはシュクレンの右肩に留まる。
「…クロウ」
「危なかった!危なく撃たれる所だったぜ!」
「…私が止めた」
「ああ、助かったぜ!不浄に遭う前にやれたら話にならねぇ。それで不浄の魂はおそらくは羆だ。前にも言ったが獣の魂は純粋で生きる事に貪欲だ。人間とは比べものにならんほどに強い!いくらお前でも不覚を取られるかもしれねぇ。気を付けろ!」
「…うん…でも…少し怖い…」
先程の惨状を思い出す。頭部を無造作に噛み千切られた遺体、血に染まった部屋、そしてそれらの悲劇を引き起こした獣の巨大な姿。
ふと今まで感じた事のない恐怖が心を締め付ける。
「…クロウ…私…怖い…」
シュクレンは目を瞑り頭を抱え込む。
「シュクレン…お前、少しずつ記憶が蘇ってるのかもしれないな。それはいつかお前が向き合い、乗り越えて行かなければならないものだから俺様は契約の際に奪うこと無くお前の心の奥深くに閉じ込めた。だが何らかのきっかけで少しずつだが解放されつつあるんだ」
「…向き合い…乗り越える?」
「そうだ。今はその記憶はこのデスドアでは必要がない。あればお前は死神として働く事が難しくなるだろう。お前が恐怖を抱いていのは不浄なんかじゃない。それを覚えておけ。俺様はお前を守る。俺様がいればお前は何者にも負けないんだ!」
クロウの言葉に頷いた。そして不思議と心の中でざわついていた何かが収まっていた。

「それとソウルイーターを要請しておいた。もしかすると魂の回収は難しいかもしれないからな。人間の魂と違って言葉で説得も出来ないからな」
クロウはチラッとシュクレンを見る。
「え…わ、わかった」
シュクレンは少し嬉しそうに返事して頬を赤らめる。
「お前やっぱり…」
「ん…何?」
「いや、別に何でもない!」
クロウは頭を左右に振る。
「このセカイに既に入っているはずだが…俺様はもうしばらく様子を見る。シュクレン!ソウルイーターと合流するまで一人で無茶するなよ?」

「…わかった」
クロウは再び空に飛び立った。
それを見送ると再び武三の所に戻った。
「今夜も吹雪くようだ。女子供をどこかに避難させねばならんな」
「槻山家に避難させるか?」
「ああ、あそこならここから離れてるし家の造りも頑丈だ!」
男達は今夜の事を相談していたが武三は押し黙り自分の手元を見つめていた。
男の一人が煙草に火を付け煙を燻らせた。
「ふぅ…」
武三は隙間風に流れていく煙草の煙を眺めていた。
「いずれせよ、長期戦は不利だ。奴が現れたら真っ向から勝負するとは思うな。走って逃げた所で逃げ切れるものじゃねぇ。俺の前に誘い出して貰えば眉間に鉛の玉をぶち込んでやる!松明を持って上手く陽動してくれ」
目が充血し、顔のシワがより一層深くなりだいぶ老け込んだように見えた。