2.夏の思い出

「…よこしまなかぜ?」
「うん、風が厄災を運んで来ると信じられていてその風をあの鎌で切る事で清らかな風になるんだって。その邪な風の正体というのがかまいたちって妖怪なんだってさ。ばあちゃんが言ってた」
「…ばあちゃん?」
「うん、おれのばあちゃん!すごく優しくて料理上手いんだぜ!シュクレンびっくりするよ!」

亮太は嬉しそうに話すといくつも連なる鳥居をくぐって歩いていく。

「…赤いのがたくさん…」
「これは鳥居っていうんだよ。この村に住む人はみんなここに奉納して鳥居を建てるんだ」
「…ほーのー?」
「うん。奉納。えっと…ばあちゃんの受け売りだから上手く説明できないや!」
亮太は罰が悪そうに頭を掻く。

木のトンネルを抜けると茅葺き屋根の大きな家の庭に出た。その屋根には1羽のカラスが留まっておりこちらを見下ろしていた。
強い日差しに思わず目を細めて手で庇を作り周りを見渡す。

亮太が駆け出し地面に濃い影が落ちる。より一層蝉の鳴き声が大きくなった。

「ここがおれん家!早くあがりな!」
玄関に行くと腰の曲がったお婆さんが奥から出てくる。
「お客さんけー?あら?娘っ子だねぇ?」
お婆さんは一瞬だけシュクレンを見ると亮太に視線を戻す。その表情は深い皺で判別出来なかったが、一瞬だけ強ばったように思えた。
「うん、シュクレンっていうんだ。暑くてへばってたから連れてきたんだよ!ばあちゃん、カルピス作ってよ!シュクレンはカルピス飲んだことがないんだって!」
お婆さんは皺だらけの顔を更にしわくちゃにして笑いながら頷いた。

「んじゃ部屋で待っててなぁ」
そう言うとお婆さんは奥へと歩いて行った。

「シュクレン、おれの部屋においでよ!」
亮太の部屋にはたくさんのプラモデルがあった。シュクレンはその中の一つが目に留まり近付く。
やや小走りに近付くと中腰になって見つめている。

「あ、それはね~」
「…戦艦…ヤマト」
興味深そうにいろんな角度から見ている。

「へぇ、よく知ってるね!女の子だから知らないと思ってたよ!」
亮太は感心した様子で目を丸く見開いた。

「…知ってる。トモダチが…作ってた」
シュクレンはヤマトをずっと見つめていた。その表情はどこか懐かそうに思えた。蒼い瞳をキラキラと輝かせている。
亮太は目ざとく何かを察した。

「へぇ、その友達って男の子?」
「…うん」
「まさか彼氏とか?」
「…カレシ?」
シュクレンは振り向き亮太を見つめる。
「ん~…怪しい!」
亮太はニヤニヤ笑っている。

「…遠くにいる…トモダチ…ずっと…遠く」
「へぇ、つまりは故郷にいるってこと?」
亮太はどこか安心したような様子だった。
「…フルサト?」
「えーとね、生まれた場所でいいのかなぁ。子供の頃に住んでた場所だよ」
シュクレンはキョトンとした表情を見せるとすぐに目を細めてヤマトに視線を移した。少し大人っぽい表情に亮太はドキッとした。
なんとなく気まずい沈黙が続く。亮太は鼻歌など歌い緊張を誤魔化す。

しばらくするとお婆さんがお盆に白い液体が注がれたコップを持ってきた。透明な氷の音が聞こえてくる。

「まんずめんこい娘さんだねぇ、都会から来たんけぇ?」
お婆さんはテーブルにコップを置くとシュクレンを見る。

「…トカイ?」
「この辺じゃ見ない服装だよね~変わった服着てるし。カルピス飲みなよ!うまいぜ!」
亮太は親指を立ててシュクレンにカルピスを促す。

「…いただきます」
シュクレンは頭を下げてコップを手にした。