1.夏の思い出

蝉がけたたましく鳴き、凶暴なまでにジリジリと照りつける太陽。
アスファルトからは熱気が陽炎となりゆらゆらと立ち上っている。
宇宙まで突き抜けるような青空が広がり、その空に伸びるように大きな積乱雲が膨らんでいた。

木陰で少女が一人仰向けに寝ていた。

「…暑い…」
青い空の中、円を描いて飛ぶトンビを見ていたら突然、視界全体に男の子の顔が飛び出してきた。

「…!?」
驚き思わず跳ね起きる。2人の頭がぶつかり鈍い音を立てた。

「痛って!!」
「……っ!!」
2人は頭を抱え目を合わせた。

「ゴ、ゴメン!ねぇ、大丈夫?倒れてるように見えたけど?」
坊主頭の少年は心配そうな顔をしている。
「…暑い…」
「真夏だから暑いのは当然だよ!よかったら家でカルピス飲む?少し休むと気分も良くなると思うよ。ここ最近は特に暑さが酷くてね」
少年は十二、三歳くらいだろうか。幼いように見えて、その口調はやや大人びているようにも思えた。

「…カル…ピス?」
「え、カルピス知らないの?白くて甘酸っぱくてとても美味しい飲み物だよ!」
「知っていたかも…でも忘れた…」

「そういえば、君って日本人じゃないよね?髪も…銀色だし、肌も白いし…目も青いんだね!まるで夏の空みたい!おれ、亮太!君の名は?」
亮太は身を乗り出し少女の顔をジッと見つめる。
「私は…シュクレン…」
「変わった名前だね!?やっぱり外人なんだ!どこの国から来たの?」

「…ガイジン?わからない…どこから来たのか…」

亮太は立ち上がり手を差し出す。

「そっか、早く立って!カルピス飲めば思い出すよ!」
亮太は手を差し出す。シュクレンはその手を見つめ、握ると子供とは思えない程力強くシュクレンを引っ張った。

「えへへ!手を繋いじゃった。さぁ、こっちだよ!」

亮太は前を歌いながら歩く。
ずっと先まで続くひび割れだらけのアスファルトの道。横目に広がる田んぼには青々とした稲が風に揺らいでいた。
遠くの山から蝉の合唱が聞こえる。

途中小さな商店の前を通る。
「ここは花田商店!みんなハナショーって言ってるよ!」
店内にはプラスチックのケースに入った小さなお菓子がたくさん置かれていた。
黄色い看板にはでかい眼鏡を掛けた男が瓶を持っている写真が貼られていた。ファイトバクハツと書いてある。

「これはウルトラミンCだよ!牛乳で割って飲むと美味しいんだよ!泡が固まってスプーンで掬って食べるのが大好きなんだ!」
商店を過ぎると木造の建物が目に入る。
「…あれは?」
「あれは学校だよ!今は夏休みで行かなくていいんだ。シュクレンは学校好き?」
「…ガッコウ?」
「え?学校知らないの?そっか、外人だからなぁ…英語で学校はぁ~…ああ!スクール!!」
「…スクール?」
「はは、なんかよくわかってないかな」

亮太は脇道に逸れて草むらの中に入っていく。
シュクレンが戸惑っていると振り向き笑顔で手を振る。
「こっちおいでよ。近道なんだ」

小さな獣道のような場所を通る。そこは木がまるでトンネルのようになっていて先は薄暗かった。中腰で歩いて後ろをついていく。

「へへ、ここおれの秘密の抜け道なんだ!」
亮太は得意満面で鼻を擦ると身を屈めて指で合図する。

トンネルを抜け出すと神社の裏に出る。本堂の前に出ると亮太は指を差す。
その先を見ると草刈り鎌が置かれていた。

「…鎌?」
「うん、この地域には『かまいたち』の伝承があって、あの鎌で邪な風を切ると言われてるんだ」

木の板には『風切神社』と彫られていた。