【エッセイ】胃腸が弱い私の話

 私は胃腸が弱い。とにかく弱い。大食いなくせに弱い。

 ちびまる子ちゃんの登場人物に照らし合わせれば永沢の陰湿さと藤木の気の弱さ、小杉の食い意地を兼ね揃えた私が山根の胃腸の弱さを更に強調したようなものだ。

 なので私はどこに遊びに行こうとも旅に出ようともトイレの位置は事前にリサーチし把握している。
 遊園地などのレジャー施設などは混雑具合までも予想しているのだ。
 セイロガン糖衣Aは常にポケットの中だ。

 だが準備万端にしておいても不測の事態として空前絶後のビッグウェーブが押し寄せる時が来るのだ。

 まるで鉄の扉を巨大ドリルで穴でも開ける勢いだ。
『おい!』
 私の中で声がする。
「誰だ!?」
『俺だ!ベンだ!ビッグ・ベンだ!』
「ビッグボスみたいだな…で何だ?」
『昨日の焼き肉は最高だったな!だがいつまでもお前の中でくすぶってる俺じゃねぇ。今すぐここから出たい』
「何ですとぉ!?それはならん!」
『なぜだ!俺は24時間もここで勾留されたんだ。もう外に出るぜ!』

 こうしてビッグ・ベンの私の中からの大脱出が始まろうとしていた。

「待て!早まるな!お前はまだ外に出たらダメだ!!」
 私は必死に説得する。なぜならビッグベンは外に出た途端に嫌われるからだ。
 嫌われる勇気は必要かもしれないが時と場所による。
 下手したらビッグベンのみならず私まで嫌われてしまう。それと同時に人としての人権や尊厳まで奪われてしまうのだ。

 空を飛ぶ鳥は自由だと歌った歌があった。

 そう、今なら心底思うのだ。

 鳥なら空中で贅沢に出来るのにな…!

 いつでもどこでも何度でも…。

 だが私は人間だ。誇り高きホモ・サピエンスなのだ!

 そんな感じで幾度となく窮地を経験している。

 私はある日イオンにいた。特に用事など無いのだが、とりあえず休日はイオンに行こうと思ったのだ。田んぼと山しかない田舎に住んでいるせいか休日となるとイオンに行こうとなる。
 一週間職場のおじさん連中以外の人を見る機会がない。こういう時に外出して人類はまだ滅んではいないと確認したいのだ。

 するとだ!突然、奴がやってきた。
 まるでウシガエルのような音が腹から鳴る。
 ど根性ガエルのように腹が暴れ始めた。ヤバい!これはヤバい!相当ヤバい!

 すぐさま脳内メモリーのトイレマップを発動する。

 トイレの前の混雑は避けたい。何故ならばトイレに着いたという安心感から最後の門が開かれるからだ。
 昨今においては待っていたところでなかなか出てこないケースが多い。中でネカフェよろしくスマホに興じているからだ。
 その待っている時間は地獄そのものだ。到底今の人類が勝てる相手ではないのだ。

 私が脳内メモリーを検索した結果は2階婦人服売り場の奥にあるトイレだ。
 あそこだけは混雑しておらず個室数も多い。
 そして、近くに下着売場があるために男性客はほぼ行かないのだ。
 ただここからはかなり遠い。恐らくは1000歩近く歩くことになる。幸せもはじめの一歩からというがあまりにも強烈な便意のためにぎこちなく歩を進める。

 トイレに近付くにつれて猫背になっていく。二足歩行から四つ足に近付いているようだ。人類進化論を逆行している。

 ああ、幸せそうな家族の笑顔が溢れている。その中で私は人生最大の敵、便意と戦っているのだ。

 もう少しで楽園が見えてくる。あと少しで解放される!

 あと少し…

 だが、私は黄色い立て看板に絶望した。

『清掃中』…なんてこった…どうしていつもこういうタイミングなのか。

 ええい!ままよ!
 なりふり構わず私は突撃した。颯爽と中に入ると清掃員の人と目が合う。マスクをしているが意外にも若いお姉ちゃんだった。

 恋の予感…!

 な、なんということだ。よりによってこんなトイレの中で出会ってしまうとは…だが今の私は緊急事態だ。ここで洩らしてしまったら元も子もない。
 個室に飛び込みガチャガチャとベルトを外しベンザイン!と同時にダムが決壊した

 自由への翼が開かれた瞬間だった。便意による束縛からの解放感というものは長き人生の中においてこれ以上ないものではないだろうか。

 戦いは終わった。温いウォシュレットの心地よさが天国へ誘う。なんならムーヴさせてやろう。

 個室から出るとまた清掃員のお姉ちゃんと目が合う。一瞬流れる微妙な空気。

「あ、ありがとうございました!」と頭を下げてその場から颯爽と立ち去ったのであった。

 その前にきちんと流したっけ?トイレの扉を開けた瞬間に忘れてしまった。流した記憶はない。完全に忘却の彼方だ。
 かといって戻るのも不自然だ。

 いや、流したろう。たぶん。