カテゴリー: 短編小説

【短編小説】留守電

留守電。

 叔父さんがガンで亡くなってから三年が経っていた。
「月日が流れるのは早いものね。今でも留守電に残されたメッセージが消せないわ…」
 母は寂しそうに電話の留守録のボタンを押す。
 そこには生前の叔父さんの声が入っていた。

「今~…そこまで来てるんだけども帰ったら連絡くれねぇかな?」
 もう何回聞いた事やら。この時からガンは深刻な状況だったらしく、全力疾走してきたかのように息を乱していた。
「はぁ…きついわ…また…来るのもきついからどうしても今日会いてぇんだ。近くにいるから連絡くれや。」

 この留守録を聞いたのは日付が変わった頃だ。母も俺も結局叔父さんに会う事はなく、会いに行った時は既に病室のベッドに横たわり意識がない状態だったのだ。病院嫌いの叔父さんは末期ガンの状態でありながら「疲れているだけだ」と家族にも話しており、頑なに病院に行くことを拒んでいた。
 とにかく頑固で人に心を許す事など無いと思われていた叔父さんだったが、姉である母を大変慕っており「姉ちゃん元気か?」とよく会いにきていた。

 留守録には何度も聞いた叔父さんのメッセージ。
「あの時、町の会合があったからねぇ…携帯電話とか持ってたらすぐにわかったろうに…」
 叔父さんは自分の死期を悟り、最後に姉に会いに来たのだろうと思った。そう思うと不憫に感じてならない。

 そして、最後のメッセージが流れるといつもはアナウンスが流れるのにいつまでも沈黙が続いた。時折鼻をすするような音が聞こえる。

「グス…」
 母が電話を凝視していた。時折、俺の方を見る。

 そして、最後のメッセージが流れた。

「ああ…死にたくねがったなぁ……」

【短編小説】海が怖い

 小学生の頃、遠足でとある港街から遊覧船で海に出た。遊覧船に乗ったのは初めてで興奮していたら、クラスメイトの一人が悲鳴をあげて床に倒れた。
 先生が介抱したが、船酔いという事で後に笑い話になった。でも、彼はあれからずっと何かに怯えていたようだった。

 そんなある日、彼はこう言った。
「ねぇ、幽霊っていると思う?」

 当時、夏休みとなると昼には『あなたの知らない世界』という番組がやっていて幽霊の存在はとても恐ろしいものだった。
「うん、テレビでもやってるからいると思うよ!」
「そうなんだ…実はね、船にいた時に海の中にたくさん人がいたんだ。それでみんな手招きしてるんだ。僕は怖くなって床に伏せってしまったんだ。」

 それが真相だった。でも、誰も海の中に人がいたとはわからなかったし、誰も見ていなかった。彼だけがそれを見ていた。当然自分も海を見ていたけど、何も見えなかった。

 でも、彼はそれ以降海が怖いと近寄らなくなっていった。どんな理由があっても海には近付かなかった。

 あれから何十年と過ぎて、そんな事も忘れていた頃に彼が死んだと知らせが入った。

 会社のバーベキューで海に行くことになったが、彼は頑なに断った。しかし、会社の行事であり出世にも響くと上司に脅された形で参加したらしい。

 そして、最後に記念撮影をしようと岸壁に立った時に海に転落し、そのまま行方不明になった。

 それで思い出したのだ。あの海で彼を誘っていた幽霊達の事を。何十年過ぎても彼を海に引き込もうとしていたのか。そう考えたら海が何とも恐ろしくなった。
 海で幽霊を見て、海を恐れて近付かなかった彼が海で死んだ…これはただの偶然だというのだろうか。

【短編小説】死の狭間で

『死の狭間で』
 
 人間の平均寿命は約80年。江戸時代の人は40代で死んだというからだいぶ長寿になったものだ。

しかし、生まれてきた人全てがその天寿を全うするとは限らない。

病気、交通事故、自然災害と危険要因は多い。

もし、80歳まで生きることができたらそれはきっと運がいい事なのだろう。
俺は今26年間という短い生涯を終えようとしていた。
なぜならば、まさに今乗っている飛行機が墜落しようとしているのだ。
 運悪く交通事故に遭遇して、仕事のために予約していた新幹線の時間に間に合わなくなってしまった。ところが運良く俺の隣にいた人が空港に向かうというので便乗させてもらうことになった。
「困ってる人がいたらお互い様ね!」と屈託の無い笑顔が忘れられない。
 おまけに俺の席まで一緒に予約してくれたのだ。
こんなにも良い人が世の中にいたのかと俺は感激していたのだが…まさか乗った飛行機が墜落するなんて信じられない!
とりあえず遺書を書こうとペンと紙を取り出す。揺れる機体で書くのは困難だったが、それよりも困難だったのは誰宛に書くかだ。
 両親は俺を捨ててペルーだかチリだかに移住したのだ。理由は知らないがとにかく捨てられたのだ。だから児童養護施設で育ったのだが、極度な人間不信に陥っていたために友達なんてできた試しもない。
彼女はいたが、3日前に別れたばかりだった。
「あんたなんか死ねばいいのに!」と吐き捨てられた。あれはたまたま冷蔵庫にあったプリンを食べただけだ。
 それなのに彼女はまるでキングコングのように怒り、ヨガで鍛えられた張り手が俺の頬に炸裂したのだ。
 俺は首を負傷し、奥歯を損失した上に彼女からはゴキブリでもこんな酷いことは言われないだろうという罵詈雑言を浴びせられ家を追い出されたのだ。
 ちょうど海外出張という事も重なりジンバブエで羽を伸ばそうと考えていたのだが…。
 結局、遺書を書くのはやめた。機体は徐々に高度を下げて大きく揺れ、その度に大きな悲鳴が上がった。

「あのー、すいません。」
 隣の席から黒いスーツを着た男が声をかけてくる。綺麗に分けた七三と丸眼鏡といういかにも日本のビジネスマンといった風体だ。
「なんですか?この忙しい時に!」
 俺はやや乱暴に言い放つと男は懐から名刺を1枚取り出した。
 その名刺には少し変わった肩書きが書かれていた。

『1級死後転生相談士 黒井太郎』

「何ですか、これは?」
「いや~、私はその~死神でございましてあなた様は死後についてどうされたいのかな~って思いましてね。どうですか?ここは一つ私に任せてみては?」

「あのさ、今の状況わかってる?もう俺達死ぬんだぜ?」

「ええ、だからこそ死後について今の内に手続きを済ませておいた方が宜しいかと思います。死んでからですとなかなか手続きに時間がかかるのですよ。それで転生が遅れてしまい、本人が希望されないものに強制転生されてしまう事が多々あるんです。不浄化されても困りますしねぇ。」
「こんな時に冗談もよしてくれよ!死ぬ間際にこんな話して人生を終えるのが1番悲しいわ!!」
 俺は鼻息を荒くして黒井の話を無視する事に決めた。せめて人生最後の瞬間くらい有意義な時間を過ごしたい。
 
「あなた様は今、とてつもなく運が悪いと思ってますか?それはそうでしょう!こんな飛行機に乗ったばかりに死ぬことになるのですから。しかし、あなた様はここで死ぬ運命になっていたのです。気が付きませんでしたか?度重なる奇跡的な偶然の出来事でわざわざこの飛行機に乗って来られたのです。あなた様の足で。」
 黒井は膝を叩き軽快な音を出す。そして俺に顔を近付ける。
「あなたはとても運が良いのです。生きてる内に次の転生先を自ら決める事が出来るのです。そのお手伝いをするのが私の役目です。ええ、お代は格安にサービス致しますのでご安心下さい。」
 黒井は真っ白な歯を見せると歯の隙間から息を漏らし笑った。

「わかった…どうせなら綺麗な女性と手を繋いで逝きたかったけどさ。隣はあんただし、反対の席は爺さんときたもんだ。俺もつくづく運が良くないらしい。」
 黒井は「まあまあ 」と言いながらバッグから1枚の紙を取り出す。
「これがあなたの転生リストになります。人気の転生先が記載されてますので強い希望が無ければこちらから選んでいただきますが。」
 リストには蝉を始めとして様々な生き物が記載されていた。
「蝉、クラゲ、ナマケモノ、ナマコ…なんだ?ろくなものがないじゃないか!?人間は無いのか?」
 俺は憤慨しながら黒井に紙を叩きつけた。
「人間は今のあなたの魂では無理なんですよ。人間になるには魂の徳を重ねないとダメなんです。」
 丸眼鏡を上げると口元を歪ませ笑みを浮かべる。
「徳だと?俺は今まで犯罪も犯したことは無いし募金もしてる。一人で会社を立ち上げ今じゃたくさんの従業員を養っているんだ。徳ならそこらへんの奴らよりもあるはずだが?」
「あくまで人間の立場としてですね?」
「どういう事だ?」
「あなたの主観なんですよ。徳というものはそういうあなたが思っている善行だけを指すものではないのです。説明すると長くなるので割愛させていただきますが、現時点で選べるのはこのリストにあるだけとなります。」
 
 納得のいく説明を聞きたかったが墜落まで10分とかからないだろう。
 最後の時間をこんな冗談で終えることになろうとは…落胆する俺を尻目に新たに紙を差し出す。
 
「ではこうしましょう!まずあなたはこの蝉になるんです。蝉は大変人気がありますが回転が早いので空き枠もあります。生涯の半分以上を土の中で過ごすために徳を貯める事ができるんです!」
「ほう、それで次は人間になれるのか?」
「なれますとも!でも蝉の生活を一度体験致しますと再び蝉になりたいと申し出る方が多数ですがね~。」
「まぁ、人間みたいにあくせく働く必要もないしな…そうだな、蝉になってみるのもいいかもしれない。」
「では、決定ですね!ではこの契約書に判子を…いや拇印で構いません。」
 差し出された契約書に拇印を押そうとするとそこには目を疑う事が書かれていた。
 
『私の全財産を寄付致します。』
 
「おい!これはどういうわけだ!全財産を寄付だと!?出来るわけがないだろう!!」
 俺は思わず怒号を上げると黒井は眉間にシワを寄せ睨みつける。
「これが徳なんですよ。せめて最後にこれ程の徳を積んで、蝉になって貯めておけば人間に転生する事は容易いのです。あなたの善行はいわゆる自己満足に過ぎないのです。あなた自身が気持ちよくなるためにしている事に過ぎないのです。徳を積むということは自己を犠牲にして困っている者を救う事にあるのです。あなたの寄付金は恵まれない子供たちのために使われます。もちろん一部は報酬としてもいただきますがね。」
 黒井は戸惑い目が泳いでいる俺をジッと睨み契約を促す。
 
「あなたの財産を狙っている方がいるんじゃないですか?でもその方はあなたを必要とはしていない。あなたが持つお金だけに興味があるのです。あなたが亡くなった後は必然的にその方のものとなるでしょうね。果たして有効に使われるでしょうか?」
 俺は3日前に別れた彼女の事を思い出していた。ゴキブリ以下だと罵倒され家を追い出された屈辱…!
 別れたといってもそれはただの言葉だ。俺の死後に彼女が財産を奪い取るのは簡単だった。家を追い出された時に実印を置いてきた事を思い出したのだ。
「あんな奴に渡すくらいならもっと有効に使ってほしい!これで俺の徳は増えるんだな!!」
「ええ!それはもう!」
 黒井は満面の笑みで両手を叩く。俺は多少戸惑いながらも拇印を押した。
「確かにこれで承りました。では今度はこちらの薬を飲んで下さい。」
「なんだ?これは?」
「水が無くても飲めますよ。これは飲むと気持ちよく死ぬことが出来ます。苦痛もなく、恐怖もありません。まさに眠るように逝く事が可能なんです。さすがに墜落の衝撃で激痛にのたうち回ってから死ぬのでは嫌でしょう?」
 黒井の言葉に頷くと薬を迷いなく口に放り込んだ。
 すると体の力が抜けて気持ちよくなってきた。まさに空を飛ぶような気持ちよさだ。
 
 
 黒井が差し出した薬を飲むと男は深い眠りについた。永遠に目が覚める事はないだろう。
 黒井はやれやれと溜息をつくと男の手から契約書を取る。そして、埃を払うようにすると契約書の文字が消えて下から遺言状の文字が現れた。
「私の役目はここまで。あとは『あちらの死神』に任せるとしましょうか。この世にはまだまだ迷える魂が存在してますからねぇ。」
 黒井は丸眼鏡を拭きながら『奇跡的に』着陸に成功した飛行機を降りた。