6.死神の棲む街

ナイフが照明に反射し鋭い光を放つ。

「ちょっと待って下さい!」
男の怒号が部屋に響いた。
死神の姿はなく、目の前には体躯の大きい男と恰幅のよい初老の男性が机越しに睨み合っている。
よく見れば部屋も先程とは全く違っており、さっきまでいた部屋とは違う部屋と気付く。

「…ここは?」
二人の男の睨み合いはしばらく続く。険悪な雰囲気だ。体躯の大きい男は耳を赤くし興奮していたのに対して初老の男性はやや青ざめて怯えているようだった。
二人はシュクレンの存在に気付いてはいない。

「どうして解雇なんです!こっちだって生活があるんです!家も子供も…」
「政府からの要請だ。環境保護の一環として漁獲船を減らすとの事だ」
「環境保護ですって?俺達は乱獲なんかしない!きちんと調査し、適正な数を間引いてる!それに魚が捕れなくなったら生活できない者が大勢いる!」
男は激しく身振り手振りで話すが初老の男性は全く耳を貸さず首を横にふるだけだった。
「私だって辛い。だが仕事が無くなる以上雇用しておくわけにはいかんのだ よ。漁師以外の道を…」
「ガキの頃から漁師しか知らない俺に他にどんな仕事をすればいいんですか!?」
男は激しく机を叩くと初老の男性の胸倉を掴み今にも殴りかかろうとする。しかし、その手は固く握り締められたまま震えていた。

「漁師の町で生まれ、漁師として働いてきた!それなのに…こんな…」
男は初老の男性を解放すると力なく膝から崩れ、嗚咽を漏らしていた。
「シュクレン!!」
クロウの叫び声に我に返るとナイフが目前に迫る。身を反ると刃先が鼻を掠めた。
「うあっ!?」
鼻先が熱くなり出血する。
「何ボーっとしてやがる!相手の動きをよく見ろ!そして感じろ!余計な事は考えるな!覚えておけ!」
クロウの言葉に頷くが、一瞬見た夢のようなものは何だったのか考えていた。
それはほんの一秒にも満たない時間だったのだろうが、やけに長く、そして鮮明に覚えていた。
死神が腕を大きく広げると音を立てて部屋が崩れ出す。
「ここからが本番みたいだぜ!気を引き締めていけ!いいか!?不浄セカイが大きくなりやがってる。奴も本気だ!感情がこの『不浄セカイ』を作り出すんだ。強ければ強いほどに広く…」
狭かった部屋は大きな船の甲板へと変化した。暗く、冷たい波飛沫が轟音と共に押し寄せ甲板を濡らしていた。

「…緻密で鮮明だ。シュクレン!油断するなよ!俺様に斬れないものはない!お前は信じて俺様を振ればいいんだ!わかったな!」
大鎌を持つ右手に力が込められた。

死神は声を上げ手を振り上げると空中から大きな手鉤(てかぎ)が出現した。
「む!?あれが奴の武器か!?あの大きさじゃシャチだって引っ張れそうだぜ!魂を引き込むって解釈でいいのか?」
死神が飛び出し手鉤を振り下ろす。シュクレンはそれを大鎌で防ぐが柄に手鉤を引っ掛けられ引っ張られる。
「っ!?」
体勢が崩れ足元が覚束なくなる。床を転がり間合いを取りながら大鎌を振るが死神は後方に飛び空振りに終わった。
「カァー!この下手っぴめ!お前のその三本の毛はセンサーの働きをしている!空気の振動で不浄の動きを察知することが出来るんだ!目よりも精度の高い予測が出来るはずだ!」
「…うん、わかった」
シュクレンは立ち上がると鼻から流れる血を拭う。
「あの手鉤と俺様のリーチはほぼ同じ。しかし、手鉤は刃が小さい分動作は限られる!その動きを見切れば勝機は見えるはずだ!」
シュクレンと死神の間合いがジリジリと近付いていく。