8.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

蓬莱島へ向かう途中に過去の思い出に浸る私。
その記憶の中で蘇った居酒屋の女将との関係。
その全容を思い出すために島へ近付いていた。


『おい』

 テトの声に我に返る。
 ほんの僅かな間だったが遠い過去の記憶が鮮明に蘇っていたのだ。

 ただ、女将の顔だけは思い出せなかった。

「昔のことを思い出していたよ」

テト『頼むからきちんと前を見て運転してほしいな。頼むぞ本当に!』

 市街地を抜け出し山間部へ差し掛かる。確かにここは通った覚えがある。

「この道はいつか来た道だね」
 私がそう呟くとテトは私の顔を覗き込む。

テト『この旅は君のルーツを辿る旅だ。君が今まで生きてきて忘れてきたものを取り戻すんだお』

「忘れてきたもの?」

テト『ああ、人って大切なことから忘れていくんだお。それはとても残念なようだけど便利なものなんだ』

「どういうことだい?」

テト『大切にしていればいるほど記憶の奥底にしまってしまうんだ。その代わりふとした事でいつでも引き出しから出せるんだ。無くさないように。それは時に重荷にならないようにでもあるんだ』

 そうだ。
 大切な想いであれば忘却の彼方へと追いやられるのだ。
 どんな大切なものでもずっと抱え込んでいたら重荷になってしまう。新しいことを受け入れなくなってしまう。
 そうしたら人は前に進めなくなるのだ。

テト『君が完全に記憶から失われたと思っていたものはきっとそこに行けば必ずあるお!』

 蓬莱島へ近付けば近付くほど記憶が徐々に鮮明になっていく。もう少しだ!


テト『あった!あれだお!?』
 テトが指差した先に蓬莱島が見えた。その姿を見た時…落ちそうで落ちなかった雫が落ちて鏡のように張り詰めた静かな水面を叩くような音が聞こえた気がした。
 それと同時に波紋のように記憶の波が広がり胸の中一杯に広がった。

 港に車を駐車場し、蓬莱島へと続く岸壁に降り立った。

テト『今から遠い昔にここに来たんだろ?誰かと…』


「ああ…来たよ」
 私は笑っていたかもしれない、それとも泣いていたかもしれない。とにかく今の自分がどんな顔をしているかわからないぐらいに心が打ち震えた。


テト『行こう!あの島へ!』
 テトが意気揚々と歩き出す。このシチュエーションはあの頃と同じだった。


テト『左右で波が違うんだな!面白いな!』
 そう、この景色に感動したんだよ。そして、あの人はこう言ったんだ。


『諦めちゃダメよ。もっと自分から行動していろんな所に行かなきゃ』


「女将さん…いや…」
 何度も胸の中の壁を叩いていた。それが不意に扉が開いて飛び出した。
 その言葉はとても愛おしいと思った。その言葉を呟いただけで幸せな気持ちになれたんだ。

「そうだね…有子さん」
 それは女将の名前だった。

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