7.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

 思い出の地に向かって走る私の頭の中に居酒屋の女将との思い出が蘇りつつあった。


 女将のことを気にかけるようになってからは店に通うのが楽しみになっていた。
 だが困ったことに女将が他の客と楽しそうに話しているのを見ると胸が苦しくなった。

 これは嫉妬なのだろうと理解はしていた。わかってはいても自分ではどうすることも出来なかった。
 ただ、女将の顔を見て声を聞くだけで良いと自分に言い聞かせていた。


 これが恋なのだろうか?

 他人との関わりを極力避けてきたのに誰かを想うだけでこんなにも狂おしくなってしまうものなのだろうか?


『今夜も飲み過ぎね。まだ若いんだから酒に溺れちゃ駄目よ』
 女将が不意に空のグラスに水を注いでくれた。
『これで最後よ』
 私は黙って頷くとグラスを傾ける。

 気が付けば周りの客は全て帰り店には私と女将だけになっていた。
 ああ、この時間が永遠に続かないだろうかと切実に願った。
 女将が店の暖簾を片付けている。

『雨が降ってきたわ。今夜送ってあげようか?』
 女将の言葉に嬉しくなり気持ちが昂るのを抑えることに苦労した。あくまで冷静を装っていた。

 今夜こそは女将の事を聞きたいと思っていた。

 女将の車に乗り込み、質問をしようと考えていた。
 次の交差点を曲がったら…。

 次の信号機が赤だったら…。

 何度も決意と挫折を繰り返す。気が付けば家との距離はあと僅かに迫っていた。

 今夜聞かなかったらずっと聞けない気がした。


「女将さん…あの…」

 結局その日は何も聞けなかった。世間話すら交わさず、私は頭を下げて女将の車を見送った。
 そのテールランプの光が見えなくなるまで雨の中佇み続けた。
 やっぱりダメな奴だった…。

 部屋の中で明かりも付けずに天井を見つめていた。時折国道を通る車の明かりが天井を流れていく。
 路面の水を切る音がやけにやかましく感じた。

 ただ疑問だったのは、どうして女将は私によくしてくれるのだろうか?
 特別イケメンでもなくお金持ちでもない。どちらかと言えば人生の落伍者であり、店の隅で誰とも話さず背中を丸めて酒を呑んでいる暗い男なのだ。
 
 それがただの同情だとしたら恋心を抱くなんて勘違いも甚だしいものだ。その夜はただ自分を責め続けた。

続く

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