3.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

ふとしたことから岩手県釜石に足を運んだ『私』と重音テト。到着と同時に感傷に浸る間もなく腹が減って釜石ラーメンを食べていた。


テト『美味しかったな!』
 釜石ラーメンを食べたテトは満足気だ。
 周りを見渡せば街並みはすっかり変わっていた。思い出のあの呑兵衛横丁も見る影もない。
 あまり変わっていないと感じたのはまだ記憶が曖昧だったからだ。

 震災後、私は釜石へは近付かなかった。

 受け入れるのが怖かったのかもしれない。昔見た景色が変貌してしまい、遠くにいつもあった思い出が壊れてしまいそうで…。

 でも釜石は被災しても着実に復興し前に進んでいるのだ。

「釜石ラーメンは有名だからね。どこのお店に行っても美味しい釜石ラーメンが食べられるよ」


テト『さて、これからどうするんだ?』

 テトの言葉に私はやや困惑してしまった。遠い過去の記憶を辿るが忘れてしまった記憶の一部は思い出そうとしても断片的に抜け落ちている部分があるのだ。
 人の脳みそは便利なもので多くの記憶を全て鮮明に覚えておくことは出来ない。
しかし匂いや景色など記憶を引き出すきっかけがあればすぐに思い出せるのだ。

「嬉しいこともあるだろさ…悲しいこともあるだろさ…」

テト『それはネルが歌っていたやつだな?その歌を歌ってた人とは誰なんだ?』

「それが思い出せれば世話ないよ。もうこの街にいるかどうかすらわからないし、手がかりは何も無い。おまけに名前すら覚えてないんだ…」

テト『名前がわかんないのか!?それじゃダメじゃないか…もうなんなんだよ…』

「その辺歩いてれば思い出すかな?とりあえずまた駅の方に戻ってみよう!」

 駅前にいくと以前のようなちんまい建物ではなくなり現代風に改築されていた。


テト『すぐ目の前が鉄工所なんだな』

「うん、そうだね。以前はたくさんの労働者がこの街を闊歩してたんだよ。私がいた頃には高炉は無くなり活気も無くなっていたけどね。飲み屋街も寂れてしまっていたんだ。ラグビーも盛んでね。今はどうなのかな?」


 駅の隣には立派なホテルも建築されてここだけ見れば結構都会的な雰囲気もあった。


「なんにもない街だよ…ん?」

テト『どうした?』

 私はふと思い出した。この街にはあの観光スポットがあったことを。

「賑やかな場所があるよ!釜石と言ったらあの場所さ!」


テト『ふーん。そこに何か思い出があるのか?』

「ずっと昔にね、誰かと行った記憶あるよ。それが誰だったかはイマイチ覚えていないけど…行けば思い出せるかも!」
 それはすごく優しい誰かだった…気がする。

2.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

夏の終わりにふと空を眺めて物思いに耽る『私』
そこに亞北ネルが歌いながら現れたことによって過去の記憶が蘇りつつあった。


テト『なら一緒に行こうか?その懐かしい景色のある場所へ!思い出せば曲作りのやる気も出るだろ?』


「え!テトさんが一緒に来てくれるの!?」

テト『君はそそっかしいし、超絶方向音痴ときたものだ。ボクがついて行った方が安心だろ?』

「それは頼もしい!!そうだね。」

テト『君のルーツも気になるしな』

 私が意気揚々と立ち上がるとテトはネルに目配せをする。


ネル『自宅警備は任せてよー♪その代わりお土産期待してるよー♪なにか美味しいもの頼むよー!』

テト『で、その懐かしい場所とはどこなんだ?』

「岩手県の釜石市だよ」

テト『は?カマイシ?』


 テトはすぐに目を吊り上げた。ともかくもこうしてテトと再び旅をすることになったのだった。

 車を走らせること数時間、無事に釜石に着いたのは昼過ぎだった。
 助手席で眠っていたテトは大きな欠伸をすると周りの景色を見渡す。


テト『遠かったなぁー!ここは港町か…』

 目の前には懐かしくも新しい街並みが広がっていた。


 そう、ここ釜石も東日本大震災による津波で甚大なる被害を受けたのだった。
 港の方はほぼ壊滅状態だったらしい。

「そうそう、釜石はラグビーと鉄の町なんだよ。少し小洒落た街になってるけど…あんまり変わんないな」

 まだ私が若い頃に働いた場所。第二の故郷とも言える場所なのだ。
 鉄の匂いにまみれ、朝から晩まで働いた日々が懐かしい。


テト『それで君の思い出はどこにあるんだ?これは君のルーツを辿る旅だな』

 テトはいたずらっぽく笑うと私の顔を覗き込んだ。なにか期待しているようだが、私は努めて冷静を保っていた。

「そうだね。とりあえずお腹が空いたね!釜石ラーメンでも食べよう!」


 こうしてやってきたのが釜石ラーメンの店だ。

『新華園本店』

 ちょっと有名になって行列が出来てる。

「釜石ラーメンはあっさりスープに細麺が特徴なんだ。港町だから漁師がササッと食べられるようにって細麺になったんだって」

テト『へぇ、確かにこれなら茹で時間短いから早く提供できるな』

「昔この大町に“呑兵衛横丁”ってあってね。かつては栄えた飲み屋街だったんだけど、鉄工所の衰退と共に…」


テト『ん?なんだっへ?』
 テトはラーメンを食べるのに夢中になっていて私の話を全く聞いていなかった…。

1.テトテト散歩~哀愁釜石編

 私はぼんやり外を眺めていた。

 空を飛ぶトンボや突き抜けるような青い空に立ち上る積乱雲を見てはため息をついていた。

テト『どうしたんだ?今日は歌を作らないのか?』
 歌作りの家庭教師をしている重音テトが腕組みをして私を見下ろしていた。
 ノートは真っ白なまま開かれている。
「あ~なんかやる気が出なくてね…なんか忘れているような気がするんだよなー…」
 なんだろう?この胸に支えている違和感は。いつも夏の終わりになると何かをやり残した気持ちになる。

テト『君のやる気がないのは今に始まった事じゃないがダラダラ過ごしている間にも世界は動き続けているんだぞ!』
 テトさんの言う事はもっともな話なのだが、漠然と頭の中でモヤモヤしているものがあった。

「それはそうなんだけど…なんかすごく大切なことを忘れているような気がしてね…ただ過ぎ去る夏を見送るだけで…」

テト『ほう…忘れるくらいだからそんなに重要なことじゃないんじゃないか?』

「うーん…そうかなぁ…」
 胸の中で“それ”はモヤモヤとしていた。遠い夏の日に何かわすれてきたような感覚があった。

テト『さては夏バテか?』

 外ではけたたましく蝉が鳴いている。命を燃やし尽くさんとする勢いだ。確かに今年の夏は暑かった。
 だけどそういう気だるさとは違う何かだ。

『嬉しいこともあるだろさ♪悲しいこともあるだろさ♪』
 突然リビングの扉が開いて居候の亞北ネルが歌いながら入ってきた。

テト『ネルか。この暑いのに元気だな?』
ネル『よ!お二人さん♪またケンカしてたのぉ?』

「いやケンカじゃないけど…さっきの歌は?」
 なんとなく聞き覚えがある歌だった。

ネル『ほよ?ひょっこりひょうたん島だよ
。それがなにかしたの?』

「ひょっこり…ひょっこりひょうたん島…ああ…思い出したよ!」

テト『朝ご飯食べてないことか?』

「いやいやいや!ひょっこりひょうたん島だよ!」

テト『はぁ?それがどうかしたのか?』

「その歌を歌っていた人のこと。忘れてたんだなって…あの景色が懐かしいなぁ…でも忘れかけてたんだよ。あの景色をもう一度見たいなぁ…」

 朧気な記憶が蘇ってきた。
 あれから何度も夏を繰り返す内に色褪せて淡い記憶となって心の奥へと押し込められたのだ。