デス・ドアーズ エピソード9…羆

厳寒の山嶺に巣食う巨獣

息も凍てつく厳寒の地でマタギを生業とする男は伝説の巨獣に挑む。しかしそれは凄惨な獣害の発端になる。白い山嶺の地が血で赤く染まり、風は悲鳴のように悲しく吹き荒ぶ。

全21話


  • 1.羆

    まるでそれは悲鳴のような風だった。高くそびえ立つ厳寒の山嶺から吹き下ろされ叩きつける雪は剃刀のように鋭く、冷たさで頬が切り裂かれるような痛みを感じた。林の中に身を潜めていた男が猟銃を構えて白い闇を凝視している。その先には灰色の影がうごめいて…

  • 2.羆

    夜。風と雪が山小屋の壁を叩きつける。古く隙間だらけの壁がギシギシと不気味な音を立てていた。隙間から風が入って火が揺らいでいた。「穴持たずなんだ」武三が呟く。「…アナモタズ?」シュクレンが火を見ながら訊く。「体が大き過ぎて冬籠もりする穴が見つ…

  • 3.羆

    村落に着くと男達が集まってきた。「どうだ!?やったか!?」各々に期待のような笑みが浮かんでいる。しかし男達の問いに武三は首を振る。男達は落胆の色を浮かべると大きなため息を漏らした。「…そうか。ん?その娘は?」男達の視線がシュクレンに集まる。…

  • 4.羆

    シュクレンがその惨状の現場から離れ、人気の無い場所に移動すると空を飛んでいたカラスが降りてきた。死神カラスのクロウはシュクレンの右肩に留まる。「…クロウ」「危なかった!危なく撃たれる所だったぜ!」「…私が止めた」「ああ、助かったぜ!不浄に遭…

  • 5.羆

    「シュクレン!すまないな、どうやら町までは送ってやれそうもない…」武三は落ち着いた口調で話す。「…大丈夫。一緒に避難してる」「ああ…」その日の午後から再び吹雪いてきた。夜になると漆黒の闇に包まれ何も見えない程の猛吹雪となった。まるで獣の彷徨…

  • 6.羆

    シュクレンは槻山家に村落の女達とその子供と避難していた。外は凄まじい猛吹雪で暗闇に包まれ、戸板がバタバタも激しく音を立てている。その音に震えて女達は身を寄り添っていた。誰もが不安に駆られ押し黙り、眠れずにいた。異変は既に起きていた。風が止ん…

  • 7.羆

    立っていることも困難な程の猛吹雪の中、大鎌を構え羆の後ろ姿を捉える。「シュクレン、震えているな?恐怖に打ち勝て!羆の急所は眉間だ。そこを狙うんだ。体には分厚い脂肪を蓄えてやがるから斬るのは可能だが体力の浪費が大きい。それに反撃を受ける可能性…

  • 8.羆

    羆の圧倒的な存在にクロウは驚愕した。「何を食ったらこんなにでかくなるんだ!?」羆の咆哮か、或いは山嶺から吹き荒れる風の音なのか腹の底まで響くような轟音が全身を震わせた。羆の前足が地面に降ろされると振動で地面が大きく揺れ雪の煙が白く舞い上がっ…

  • 9.羆

    「…クロウが…食べられた…!」シュクレンは雪の中に再び身を隠す。クロウを失った今、羆に対抗する術はなかった。今まで抑えていた恐怖感が一気に押し寄せる。その身を震わせ耳を塞ぎ目を瞑った。その時、体がフワッと浮き回転しながら飛ばされる。羆が雪ご…

  • 10.羆

    「だが救済措置はある」ブラックがシュクレンを見つめる。「新たな主を見つける事だ。だが、それも運次第といった所だがな。お前はこの不浄セカイの終わりと共に魂に戻ってしまう。それを一旦我々が回収し、浄化の手続きを取る。その時に新しい主がお前を選べ…

  • 11.羆

    デューンの体が羆の口から放り出された。シュクレンはすぐに駆け寄るがその姿に唖然とした。右肩から脇腹にかけて噛みちぎられており内臓がはみ出ていた。「…デューン…」「シュクレン…早く…ここから逃げるんだよ…ブラック様…申し訳ございません…油断し…

  • 12.羆

    「うわぁぁぁぁぁ!!おっかぁ!!」「タエ!タエ!居たら返事してくれ!!」男達は倒壊した家屋の中に入りそれぞれの家族の名前を叫びながら半狂乱になって瓦礫を除けていた。後から追いついた武三が周囲を見回しシュクレンの姿を見つけると近付いてくる。「…

  • 13.羆

    男達は憔悴しきっていた。惨状をそのままに家屋の中で暖をとっていた。「お前達は風上にいた。だから匂いに気づいて逃げたんだ。羆は鼻が効くからな。でも奴が逃げてよかったかもしれん。もし遭遇してたらお前達は全滅していた。あいつは人の肉の味を覚えちま…

  • 14.羆

    「ところで…貞吉の奴随分遅いんじゃねぇか?」先程漬物を取りに行った男が帰ってこないのだ。「吹雪で見えなくなって迷ってるんじゃねぇだろうな?」「まさか!通りの向こうだぞ?」「この吹雪じゃ歩き慣れてても適わねぇや。俺が見てこよう!」立ち上がった…

  • 15.羆

    男達はいつの間にか寝息を立てていた。武三は座って銃を体に立てかけたまま目を瞑っている。シュクレンは立ち上がり窓から外を見る。まだ真っ暗で何も見えない。「…クロウ…」その名を小さく呟くが雪が真横に飛んでいくだけだった。無力感を感じていた。クロ…

  • 16.羆

    「うぅ…」家屋の崩落に巻き込まれ怪我をしている者が二人いた。「武三…早く助けねぇと」「いや、酷なようだが動ける者は俺についてこい!この状況じゃ助けている内に俺達の体力まで奪われちまう。それに助けた所で助かるような傷じゃねぇ…」家の柱に足が挟…

  • 17.羆

    「…私が…囮になる…」シュクレンの申し出に男達二人は安堵の表情を浮かべる。「大丈夫か?」武三は目を細めシュクレンを睨むように見ると大きく息を吸った。シュクレンが頷くと武三は銃に弾を込める。「もし俺が狙撃を失敗した場合、お前の命は無い…」武三…

  • 18.羆

    「このくたばり損ないがァっ!!」武三は銃に弾を込めて素早く構えた。しかし、その手は震えている。「くそ!こんな時にアル中とはな!!ちくしょう!!」羆は食いかけの男の体を無造作に放り投げ、凄まじい勢いで迫ってくる。「ちくしょう!!」その時、シュ…

  • 19.羆

    「おい!大丈夫か!?生きてるか!?」武三は軽くシュクレンの頬を叩く。「あ…武三…?」シュクレンが声を発すると武三は安心したようにため息をついた。「ふぅ、無事だったか」「あ…雪崩…」周囲を見渡すと雪原がどこまでも続いていた。「村落まで流れ落ち…

  • 20.羆

    羆の体からも光の粒が上がると小さくなりガラス玉のような魂が残った。するとクロウの大鎌がそこに落ちていた。すっかり小さくなり草刈り鎌のようになっている。「クロウ!」シュクレンは慌てて鎌を拾うと鎌の変化が解けてカラスの姿になる。「クロウ!」再び…

  • 21.羆

    眠っているシュクレンの傍に寄り添うキリコの姿があった。「疲れて眠ってるのね。よく頑張ったわね!」「キリコもよく耐えたわね?何度も飛び出そうとして抑えるのも大変だったけど?」ノスタルジアの言葉にキリコは口を尖らせる。「だってあたいだったらあん…